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前橋地方裁判所高崎支部 昭和44年(ワ)58号 判決

原告

井熊智枝子

ほか三名

被告

主文

一、被告は

原告井熊智枝子に対し金二、五三九、四六七円原告井熊芳徳、同井熊美恵子、同井熊和広に対し各金一、五九二、九七七円および右各金員に対する昭和四四年四月三日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分しその四を原告らのその六を被告の負担とする。

四、この判決は原告井熊智枝子において金五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らにおいて、各金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、原告ら各自の勝訴部分にかぎりかりに執行することができる。

五、被告は原告井熊智枝子については金五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らについては各金三〇〇、〇〇〇円あての担保を供して前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告井熊智枝子に対し、金四、二三二、四四三円、原告井熊芳徳、同井熊美恵子、同井熊和宏に対し各金二、六五四、九六二円および右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因ならびに被告の主張に対する原告の主張としてつぎのとおりのべた。

(一)  請求原因

1  本件事故

原告井熊智枝子(以下原告智枝子という)の夫であり、原告井熊芳徳(以下原告芳徳という)、同井熊美恵子(以下原告美恵子という)、同井熊和広(以下原告和広という)の父である日本国有鉄道職員であつた訴外亡井熊晴一(以下亡晴一という)は昭和四三年八月一日午前一時〇分ごろ高崎市倉賀野町三四七―四の国道一七号線わき(以下本件事故現場という)の通学専用道路(以下本件専用道路という)を自転車で通行中通学路(幅二・九メートルの歩道で車道との間にはガードレールをもつて仕切をしてある)先の柵のない用水堀(幅一・六六メートル深さ一メートル水深〇・三〇メートル)に転落し、顔面挫創、鼻骨々折、舌切創、左手背擦過傷等の傷害を負い、意識を失い窒息死した。

2  被告の責任

本件事故現場にある本件専用道路は昭和三九年ごろ建設省高崎工事事務所がつくつたものであり、同省管理の国道一七号線の道路の一部である。そして本件事故現場附近の本件専用道路の下を用水堀が流れる形となつており、亡晴一が転落した箇所はその突端になつていて当時は水路を表示する標識や防護柵もなく、開設以来四年有余もそのままに放置され、その間判明しただけでも二回も自転車、バイクの転落事故があつた。

なお本件事故直後同工事々務所では急遽ガードレールを設置したがすでに遅つた。

以上の次第で本件事故は被告の設置管理にかかる公の営造物である国道一七号線の道路の設置管理の瑕疵(本件事故現場の場合学童または一般歩行者または自転車、バイクに乗つた通行者が不注意により転落することのあるのを予期し、防護柵等を当然に設置し、道路としての安全性を確保すべきであつたのにかかわらずこれを怠つたことの瑕疵)に基因する事故であるから国は国家賠償法第二条によりこれによつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

なお亡晴一が本件事故当夜飲酒していたとしても右瑕疵の存するかぎり被告は同条による責任を免れ得るものではない。

3  原告らの損害

(1)  亡晴一の得べかりし利益の喪失による損害

イ 亡晴一は本件事故による死亡当時国鉄高崎信号区電気技術掛として奉職(勤続二二年)していて、収入として月給金六四、九七四円を取得していた。そして亡晴一は本件事故による死亡当時満三九才であつたからもし本件事故がなかつたなら国鉄の定年五五才まで後一六年勤続して前記収入を継続して得ていた筈であつた。右月給を基礎として計算すると亡晴一の年間所得は金七七九、六八八円となる。その中から亡晴一の生活費として毎月金一五、〇〇〇円年額金一八〇、〇〇〇円を控除すると年間純所得は金五九九、六八八円となる。

そして亡晴一は健康であつたから定年までの一六年間なお勤続したとしてその純所得額は合計金九、五九五、〇〇八円となる。

今これを一時に請求するとして年五分の中間利息を控除したホフマン式計算方法(複式)により換算すると期間一六年の場合その系数は年間純所得の一一・五三(円以下切捨てる)であるからこれを右金五九九、六八八円に乗じるとその金額は金六、九一四、四〇二円(円以下切捨てる)となる。

ロ なおまた亡晴一は五五才の定年まで勤続して退職するときには退職金五、〇五九、八八一円を取得する筈であつた。

現在右金員を請求するとすれば一六年後のホフマン系数(単式)〇・五五(円以下切捨てる)であるから右金員にこれを乗じるとその金額は金二、七八二、九三四円(円以下切捨てる)となる。

ハ そして以上の損害額を原告智枝子は亡晴一の配偶者としてその他の原告らは直系卑属としてそれぞれつぎのとおり各相続分にしたがい右得べかりし利益の損害賠償請求債権を相続した。

原告智枝子 3/9 金三、二三二、四四三円

原告芳徳 2/9 金二、一五四、九六二円

原告美恵子 2/9 金二、一五四、九六二円

原告和広 2/9 金二、一五四、九六二円

(2)  慰藉料

原告らは亡晴一の妻および子としての生計および庇護を同人に頼つていたものであり、本件事故がなかつたなら、国鉄職員の家族として社会中級の生活を維持して幸福であり子女の教育にも事欠かなかつた筈である。本件事故により突如として一家の柱石を失つた原告らの精神的苦痛は筆舌につくし難く、その苦痛は原告智枝子金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告芳徳同美恵子同和広につき各金五〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉せられるべきものである。

(3)  以上(1)、(2)の損害を合計すると原告各自の請求分はつぎのとおりである。

原告智枝子分 金四、二三二、四四三円

原告芳徳分 金二、六五四、九六二円

原告美恵子分 金二、六五四、九六二円

原告和広分 金二、六五四、九六二円

4  よつて原告らは、被告に対し、請求の趣旨記載の各金員の支払を求めるため本訴提起に及ぶものである。

(二)  被告(二)の主張に対する原告らの主張

1  本件事故における被告の責任の根拠について

(1)  道路設置(構造)上の瑕疵

道路法第二九条は、道路の構造の原則として構造の安全性と交通の安全性をあげている。

本件事故現場は、国道一七号線の道路の一部をなす歩道(通学専用道路)となつているが、歩道そのものとしての構造上の安全性に瑕疵がなかつたとはいえない。すなわち、本件専用道路の幅員は本件事故現場附近において、三・二〇メートルであるそしてその真正面に突当る部分が落差の大い水路の開渠部分であつて、しかも開渠部分は高崎寄りから一七・六メートルの地点においてさえよくこれを識別しえない。つまり歩行者と雖も、この附近の地形をよく知るものは別として、初めての歩行者の場合を考えるとうつかりすると、開渠部分に昼間でも落込む危険も考えられ、まして夜間の場合は、地形を熟知すると否とにかかわらず、同様の危険を生ずる場所である。

したがつてこのような場所には、当然ガードレールを設置すべきであつたのにもかかわらず、これを設置しなかつたのは道路の構造、安全上の瑕疵があるものといわなければならない。

(2)  道路管理上の瑕疵

道路が通常備うべき安全性に欠けていれば、その設置または管理に瑕疵があることになる。本件の場合管理だけの面からすれば具体的にどの法令上の義務づけによる義務違反になるのか明らかにしえないが法令上の義務に違反しないからといつて瑕疵がないということを得ない。一般的に公の営造物の設置、管理の瑕疵に基づく損害の賠償の場合、安全性を欠くにいたつた原因を問わない。また管理者の過失の有無も問題にならない。したがつて無過失責任であるという見解があるわけであるが、本件の場合本件事故前二回も同一場所において同一事故が発生していること。本件事故発生までガードレールが設置されずにあつたこと。その後道路管理者として必要を認めてガードレールを設置したことなどの事実からしても、本件事故現場のような箇所には、道路管理者として道路の構造の保安、または交通の円滑を図る一般目的から危険防止のための何らかの標識または防護柵を設置すべきは当然の義務であるというべく、それをしていなかつたのは本件事故発生までの管理が不十分であつたことに帰着する。

殊に本件の場合一般人がそれを予測できない状態において(いわゆる落し穴的に)危険が存在する形において、道路の設置または管理上の安全性が欠けていたことが、本件の場合国の責任の根拠となるものと考える。また本件事故当夜亡晴一が酒を飲んで、自転車に乗つて、前記通学専用道路を通行中、転落したとしても(そのことによる過失相殺の問題は別として)前記瑕疵の存するかぎり被告は国家賠償法第二条による責任を免れうるものではないと考える。

(三)  被告の(三)の反論および被告の仮定抗弁中原告ら従前の主張に反する部分はすべて否認する。

(四)  〔証拠関係略〕

被告各指定代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決ならびに原告ら勝訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、請求に対する答弁ならびに被告の主張仮定抗弁等としてつぎのとおりのべた。

(一)  請求原因に対する答弁

1  原告らの主張の請求原因(一)の1の事実のうち、原告智枝子が亡晴一の妻であり、その余の原告らが亡晴一の子であること、昭和四三年八月一日ごろ亡晴一が原告ら主張の場所で死亡したことを認め、その余知らない。

2  同(一)の2の事実のうち、本件専用道路が昭和三九年三月ごろ建設省が設置し、じ来管理しているものであつて、国道一七号線の道路の一部であること。本件事故現場付近の本件専用道路の下は灌漑用水路となつていること。亡晴一の死亡した場所には用水路を示す標識や防護柵がなかつたこと。その後右箇所に防護柵を設けたことを認め、その余を争う。本件事故の発生した歩道の設置、管理に瑕疵は存しない。また、本件専用道路設置以来本件事故発生にいたるまで、事故の発生については全く聞いていない。

3  同(一)の3の事実を知らない。

(二)  被告の主張

1  本件専用道路は、建設省関東地方建設局が地元交通安全協会等住民の強い要望に基づき、通学児童生徒の安全のため、国道の一部の並木敷と道路わきの長野堰土地改良区の設置、管理にかかる灌漑用水路を利用して築造した歩道である。道路の設置、管理の瑕疵とは、道路が通常備うべき安全性を欠いていることをいうがその安全性は個々の道路の種類、地形、交通量等の具体的な状況に基づいて、判断すべきである。歩道である本件専用道路はガードレールによつて車道から明瞭に区分され、車両の通行は許されず、もつぱら歩行者の安全をはかつている。そして本件専用道路は夜間においても、付近の工場、商店の照明、通行中の自動車の燈によつて、歩行者は無事に通行しうるのみならず、灌漑用水路の開渠部分の存在も容易にわかる状況にあるから、開渠部分に防護柵が設けられていると否とにかかわらず、歩道として通常要求される安全性は十分備えているというべきである。

2  亡晴一の死亡は原告らにとつて、大なる不幸であるが、亡晴一が歩行者のための右歩道上を酩酊のうえ、自転車で通行したためと考えられる。すなわち、車道と歩道の区別のある道路では、車両が歩道を通行してはならない(道路交通法第一七条第一項)ことはいうまでもない。本件歩道はガードレールで車道と区別され、車道路面上には群馬県公安委員会によつて「自転車左側通行一列」の標示がなされており、また、本件歩道については「つう学せん用道路」の標示板が随所に設置されている。したがつて通常歩行者はもちろん、車両で通行する者においても、これらを十分に認識しうるのであるから、本件歩道はこの点からも安全性に欠けるところはなく、本件事故はむしろ亡晴一が飲酒酩酊のうえ、これらの標示等に注意を払わず、漫然と自転車で歩道である本件専用道路を通行したことに起因するものといわざるをえない。

(三)  原告らの(二)の被告の(二)の主張に対する原告らの主張の反論および被告の仮定抗弁

1  被告の反論

原告らは本件専用道路について設置、管理の瑕疵があつたため、本件事故が発生したと主張するが、被告はつぎのとおり反論する。

(イ)  本件専用道路について設置、管理の瑕疵はなかつた。

道路の設置、管理の瑕疵とは、道路が通常有すべき安全性を欠いていることをいうが、この安全性は個々の道路の種類、交通量の具体的な状況に基いて判断されなければならないのであつて、すべての道路がすべての交通のすべての安全性を保持しなければならないこととをいうものではない。本件事故現場にある本件専用道路は地元住民等の強い要望により附近の学童の通学の安全を守るため被告が設置したことから地元住民はこれを特に通学専用道路と称して随所に「つう学専用道路」の標識を設置したものであり、通学専用道路と称されてはいるが、いわゆる歩道であり、一般歩行者を車道から分離して安全に歩行させるためのものである。

歩道とは、歩行者の通行の用に供するため縁石線またはさくその他これに類する工作物によつて区画された道路の部分をいう(道路交通法第二条第二号)のであるが、本件歩道が法律上また事実上歩道であることは明らかである。歩道について要求される通常有すべき安全性は、歩行者の通行の安全性をいい、車両の通行の安全性をいうものではない。本件歩道は、通常有すべき安全性を欠いていたということはできない。すなわち、亡晴一が転落した水路の開渠部分は、本件歩道に接して存在するが高崎寄りから一一メートルの位置に立つと土管の上辺が見えることから、歩行者は少くとも一一メートルの地点から水路の開渠部分の存在を知ることができるのである。したがつて歩行者は防護柵(ガード・レール)の有無に関係なく安全に通行することができるのである。また、夜間においても、いすずの建物の照明灯昭和石油の構内の照明等さらに本件専用道路附近を通過する自動車の前照明灯等により歩行者は、水路の開渠部分の存在を充分知り得るから安全に通行できるのである。このことは本件専用道路が設置されて以来現在にいたるまで歩行者の転落事故が皆無であることが、本件専用道路の安全性をうらずけている。

以上のことからガードレールが設置されていなかつたことをもつて本件専用道路について設置、管理の瑕疵があり、そのため本件事故を発生したとの原告の主張はその理由がない。

なお、被告は本件事故発生後直ちに本件事故現場にガードレールを設置したが、設置した理由はたまたま本件事故が発生したため行政上の措置として、これを放置しておくことは不適当であると、道路管理者が判断した結果であつて、道路の設置、管理の瑕疵を治癒するための行為ではない。したがつてガードレールの設置をもつて道路の設置、管理の瑕疵を自認した措置であるとする原告らの主張は論理の飛躍であり理由がない。

(ロ)  本件事故は、亡晴一の深酒泥酔の上の全くの不注意なお歩道内の自転車運転によつて発生したものであつて、道路の設置管理の瑕疵によつて生じたものではない。

い、本件事故の原因をなすものは第一に亡晴一の深酒泥酔である。

亡晴一のいわゆる「飲める量」は通常コップ一、二杯であり、友人が来たりして多量に飲んだときでも三、四杯であり、一定量以上の酒を飲めない体質であつた。ところが亡晴一は、本件事故発生当夜午后六時一〇分ころから九時一五分位までの間に佐々木という焼鳥屋でコップに三杯位、三福飲食店でコップに一杯位、屋号のわからない居酒屋でコップに二杯位合計コップ六杯位の酒と、金華亭で三人でビール二本位飲んだのである。したがつて亡晴一は酒量をも超え「飲める量」をもはるかに超える量の酒を飲んでいたわけである。してみると亡晴一の深酒泥酔のほどはおのずから明らかなところである。

ところで右のように人は深酒泥酔すると注意散漫、諸反射低下、運動失調等の諸症状が現われることは経験則上自明の理である。注意散漫、諸反射低下の症状にありながら漫然と歩道である本件専用道路上を自転車で通行したことにより本件事故が発生したものである。

ろ、本件事故の原因をなすものは第二に亡晴一の通行区分違反である。

歩道は、歩行者の通行の安全性を保持すれば足りるところ亡晴一は、自転車(車両、1軽車輌、道路交通法第二条、八号、一一号)によつて本件歩道上を走行したのであるから、かりに本件歩道が車両の通行の安全性を欠いていたために本件事故が発生したとしても道路の設置管理の瑕疵のために発生した事故といえない。

本件事故現場附近は歩道と車道とが截然と区別されており、しかも本件事故現場は歩道であつて車両は進入することができないとされているのであるから、亡晴一は車道を通行すべきであつた(道路交通法第一七条第一項)本件歩道はガードレールによつて区画されており、また「つう学用道路」の標識が随所に設置され、本件事故現場から高崎より手前一三〇メートル附近の車道上に白い外側線が引いてあり、そこに群馬県公安委員会により白色夜光塗料で「自転車左側一列」の標示がなされ積極的に自転車等の軽車両の通行が禁止されている。車両の通行の禁止されている歩道である本件専用道路内を違法にも亡晴一が自転車に乗車し深酒泥酔のうえ漫然と通行したことも本件事故発生の原因の一をなすものである。

2  過失相殺の仮定抗弁

かりに本件事故が道路に設置、管理の瑕疵があつたために生じたものであるとしても、被告は過失相殺を主張する。すなわち、亡晴一は深酒泥酔していたことは明らかであり、歩道上を自転車によつて通行したものであるから亡晴一の過失は大であり、損害額の算定に当り充分考慮されてしかるべきである。

(四)  〔証拠関係略〕

理由

一、(イ)、原告智枝子が亡晴一の妻であり、その余の原告らが亡晴一の子であること。(ロ)、昭和四三年八月一日ごろ亡晴一が原告ら主張の場所で死亡したこと。(ハ)、本件専用道路は、昭和三九年三月ごろ建設省が設置し、じ来管理しているものであつて、(以下本件専用道路の管理者である建設省を単に道路管理者という)国道一七号線の道路の一部であること。(ニ)、本件事故現場附近の本件専用道路の下は灌漑用水路となつていること。(ホ)、亡晴一の死亡した場所には用水路を示す標識や防護柵がなかつたが、その後右箇所に道路管理者において防護柵を設けたこと以上の事実については当事者間に争がない。

二、つぎに〔証拠略〕を綜合すると、

(1)  本件専用道路は地元からの強い要望があり、本件事故現場より南の方は昭和三八年三月に北の方は昭和三九年三月に設置されたものであり、本件専用道路の東京都寄りの方は農業用水の東側に並木敷があり、それをそつくり利用して設置され、高崎市寄りの方は人家があつて余裕がないため、農業用水に蓋がなされたこと。

(2)  本件専用道路は、本件事故現場より南方高崎市倉賀野方面に向い長野堰を国道の車道部分とで挾み、遼か前方(南方)の横断歩道下まで続いていること。

(3)  本件専用道路の下は前掲一の(ニ)のように灌漑用水路(長野堰であるが、北方高崎市旧市街方面より南方同市倉賀野方面に向い、本件事故現場にあたる開渠部分がぽつかり切れて口をあけ、左(東)にある通常道路に続き、サンエム電機工業所の二本の門柱前から車道へ出るようになつていて、それが交通の一つの流れとなつていること。

(4)  本件専用道路は本件事故現場にあたる開渠部分(以下本件開渠部分という)より北方高崎市旧市街寄り一七・六メートルの位置に立つと、突当りの石垣の上辺が見えるが、本件開渠部分の存在につき識別が困難であり、一一メートルの位置に近寄ると土管の上辺が見え、かりに水深が三〇センチメートルであるとすると六・二メートルに接近して初めて四角い水面が見える状況で、本件事故現場付近の地形を熟知する者は別としても、初めて本件事故現場を通行する場合は、昼間でも少しく注意を欠くと本件開渠部分に落込む危険性が考えられ、自転車、バイクの場合は本件開渠部分に落込む危険性が一層高いと考えられること。

(5)  本件専用道路は歩行者のためのもので、倉賀野小中学校へ通学する生徒が専ら利用するためのものであるが、一般人も利用しており、歩行者のみならず自転車等で通行する人も朝、夕まれにあつたこと。

(6)  本件専用道路には「つう学専用道路」という標識は立つていたが一般人の通行禁止という標識はなく、また一般人が通行しても道路管理者としてこれを阻止する措置をとつていなかつたこと。

(7)  本件事故現場附近にはサンエム電機工業所の入口があり、その附近にはガードレールの切れた箇所が何箇所かあるので、その工場に出入する自転車は直接車道に出入りするほか本件専用道路を利用することが考えられる状況であつたこと。

(8)  本件事故現場付近はいすずの建物の照明灯および昭和石油の構内の照明灯は終夜点灯しており、GSバツテリーの広告灯は午後一一時ごろまで点灯しており、それほど暗くないこと。

(9)  亡晴一は前掲一の(ロ)の日時ごろ、本件開渠部分に自転車に乗つたまま墜落してひん死の重傷を負い窒息死したこと。

(10)  本件開渠部分に本件事故前の昭和四三年三月二〇日午前零時三〇分ごろ高崎市倉賀野町一一七八番地国鉄職員荻野金三郎の長男浩が高等学校入学試験の勉強中眠気ざましのため自転車に乗つて外出し、本件開渠部分に落込み、上唇が切れ、前頭部右肘、右脛に打撲傷を負い一週間入院したこと。

(11)  同年三~四月ごろ本件開渠部分にオートバイに乗つた人が落ち込み、本件現場付近の中島某に救助されたこと。

(12)  本件事故以前で日時は不詳であるが、本件開渠部分に高崎市倉賀野の学校の先生が落ち込んだこと。

(13)  本件事故より約半年前夜七時ごろ年令五五~五六才の老人が本件開渠部分に落込んだこと。

(14)  亡晴一は本件事故当夜午後六時ごろ、同僚小林利信、鎌田裕義二名で佐々木という飲食店で各自コツプで二~三杯、つぎに三福飲食店でコツプで各自一杯あて、酒樽の置いてある屋号不詳の家で銚子二本位飲み、最後に金華亭で三人でビール二本あて飲んだが、本件事故直前の亡晴一の酩酊の状態は明らかでないこと。

以上の事実を認定することができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右一掲記の各事実、右二の各認定事実とくに一の(ホ)の点、右二の(3)ないし(13)の各点に徴すると、本件専用道路は歩行者やたまに通行することが予測される自転車、バイクが少しく注意を欠くと本件開渠部分に転落する危険性が考えられる状況にありながら本件専用道路設置の際防護柵を設置しなかつたこと。また本件事故発生まで防護柵を設置しないで放置したことは、本件専用道路の通常備える安全性に欠けていたものというべきであり、したがつて原告らの主張のとおり本件専用道路の設置または管理につき瑕疵があつたものというべきで、右瑕疵の存することにつき道路管理者の過失を要しないものと解するのが相当である。

そして亡晴一は本件開渠部分に防護柵があれば(本件事故後道路管理者において本件開渠部分に防護柵を設けたことは前掲一の(ホ)のとおりである)これに身体を支えることができ、転落するにいたらずすんだことも容易に推認されるところである。

したがつて本件開渠部分に本件事故当時防護柵を欠いていた点において本件専用道路の設置または管理に瑕疵があつたことが本件事故の原因であることについては疑がない。そうすると被告は国家賠償法第二条により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責に任ずべきであるといわなければならない。

三、つぎに被告の過失相殺の仮定抗弁について調べると、右二の(4)、(9)、(14)の各点を綜合すると、亡晴一は少くとも自転車を操縦する者が、当然払うべき前方注視義務を怠り(右懈怠の縁由は酒酔による注意力散漫のための公算が大)前方注視不十分のまま進行した過失(被告主張の亡晴一が本件事故現場附近における歩車道の通行区分に違反している点については本件全証拠によるも故意か過失か明らかでなく、したがつて二重過失か否かも明らかにしえない)により右二の(4)の点のように本件開渠部分の存在を通常遅くとも約六メートル手前で発見しうべかりしにかかわらず、これが存在に気づかず、本件開渠部分に自転車もろとも転落したものと推定することができ、これを左右するに足る証拠はない。

そうすると亡晴一の右過失も本件事故の一因となつていることが認められ、すでに説示した本件事故発生の原因となつた本件専用道路の設置または管理に瑕疵があつたことによる被告の責任と、亡晴一の右過失による責任の割合はその情状に前記二の(10)ないし(13)の各点を参酌すると、被告六、亡晴一四の割合であると断ぜざるをえない。

四、そこで損害賠償の額について調べると、

(1)  まず、原告らが主張する得べかりし利益の喪失額については、〔証拠略〕を綜合すると、イ、亡晴一は本件事故による死亡当時満三九才で原告らの肩書住所に原告らと居住し、高崎信号区電気技術掛として勤務し(勤続二二年)ていて、月給金六四、九七四円を得て原告ら四名を扶養していたこと、ロ、亡晴一は健康であつたから国有鉄道の五五才の定年まで勤続して退職するときは、退職金五、〇五九、八八一円を取得する蓋然性が高かつたこと、以上の事実を認定することができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右認定のイの事実に本件事故により亡晴一が死亡した当時亡晴一および原告らの居住していた高崎市に近接することが、当裁判所の公知の事実である前橋市において、本件事故の発生した昭和四三年度における勤労者調査世帯人員数四・一四、平均月間消費支出金六七、七七二円一人当り平均消費支出金一六、三七〇円であることが、当裁判所の公知の事実(第一六回群馬県統計年鑑昭和四五年刊行群馬県による)であることを参酌すると、本件事故発生当時の亡晴一の一箇月の平均生活費は、前記認定イの亡晴一の扶養家族が四名で世帯人員五名であることに照し、亡晴一の生活費は原告ら主張のとおり毎月金一五、〇〇〇円、年間金一八〇、〇〇〇円程度と認めるのが相当である。

そうすると亡晴一の本件事故当時の月給が前記イのとおり金六四、九七四円で本件事故当時満三九才であつたから、もし本件事故がなかつたならば、前記認定ロのように国有鉄道の定年が五五才であり、亡晴一は本件事故当時健康な満三九才の男子あつたのであるから、満三九才の男子の平均余命は三一・七三年であることは当裁判所の公知の事実(厚生省第一〇回生命表による)であり右余命の範囲内である五五才まで一六年勤続して前記収入を継続して取得し得られると考えられるので、右月給により計算すると亡晴一の年間所得は金七七九、六八八円となる。その中から亡晴一の前記認定の生活費月金一五、〇〇〇円、年額金一八〇、〇〇〇円を控除すると、年間純所得は金五九九、六八八円となるわけである。そうすると亡晴一は本件事故発生当時から数えて少くも一六年間毎年右金五九九、六八八円の純所得を得た筈であるからこれを亡晴一の死亡時において一時に支払を受けるものとし、ホフマン式計算法複式により年五分の民事法定利率によつて計算すると、期間一六年の場合その系数は年間純所得の一一・五三(以下切捨てる)であるから前記年間純所得金五九九、六八八円に右系数を乗ずると金六、九一四、四〇二円(円以下切捨てる)となる。

なお亡晴一は前記認定ロの事実によると、満五五才の定年まで勤続して退職するときは退職金五、〇五九、八八一円を取得する蓋然性が高かつたのであるから、これを亡晴一の死亡時において請求するとすれば、一六年後のホフマン系数は〇・五五(以下切捨てる)であるからこれを乗じるとその金額は金二、七八二、九三四円(円以下切捨となる)となる。

以上を合計すればその金額は金九、六九七、三三六円となる。したがつて亡晴一は被告に対し、右と同金額の損害賠償請求債権を有していたものであり、前記一掲記の(イ)の事実によると、原告智枝子は亡晴一の妻で、その余の原告らは亡晴一の子供であることから、原告らは亡晴一の遺産相続人と認められ、亡晴一の被告に対する損害賠償請求債権を相続により承継したものであり、その相続分は相続放棄等特段の事情の認められない本件においては、原告智枝子3/9金三、二三二、四四五円、その余の原告ら各2/9二、一五四、九六二円あてとなるわけである。

(2)  つぎに慰藉料については、〔証拠略〕によると、原告らはいずれも本件事故発生日までは亡晴一に扶養されており、とくに亡晴一の長男原告芳徳、同長女原告美恵子、同二男原告和広はいずれも幼少であること。原告智枝子は亡晴一の死後美容師見見習をしているが、独立して生計の資を得るのになお五年を要すること。亡晴一は一家の大黒柱であつたことを各認定することができ右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実と、その他本件に現われた諸般の事情を考え合せると被告が原告らに対し支払うべき慰藉料の金額は原告智枝子金一、〇〇〇、〇〇〇円その余の原告ら各金五〇〇、〇〇〇円あてをもつて相当とする。

(3)  以上の損害を合計すると原告智枝子分金四、二三二、四四五円その余の原告ら各金二、六五四、九六三円あてとなる。そして被告の賠償責任は、すでに説示したとおり本件事故発生原因につき被告にも亡晴一にも責任がありその割合は被告六分、亡晴晴一四分で原告ら右各損害の一〇分の六であるから被告においてその支払をなすべき義務のある額は原告智枝子に対し金二、五三九、四六七円、その余の原告らに対し金一、五九二、九七七円である。

五、故に原告らの本訴請求は、それぞれ当該右金員とこれに対する本件訴状が被告に到達したことが記録上明らかな昭和四四年四月三日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める限度で、正当であるがその余は失当である。

よつて右正当の限度において原告らの請求を認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言および仮執行の免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中谷直久)

第16回群馬県統計年鑑

(昭和45年刊行・群馬県) 178頁抜すい

146勤労者世帯の月別収入と支出(前橋市)昭和43年

項目別に四捨五入のため、総額と内訳の合計とは心ずしも一致しない。

〈省略〉

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